きいち千夜一夜 No.34
2021年も引き続き「きいち千夜一夜」と題しまして、きいちについてご紹介をしてまいります。
わたしのきいち あとがき No.1
上村久留美
下町のごみごみとした環境で育った私には、路地裏の駄菓子屋や、量り売りのお菓子屋や、小さな貸本屋が大切な場所でした。よく横丁のほとんど日のあたらないアパートに友人を訪ねては、古びた畳に寝そべり、ぬりえやきせかえ遊びに熱中したものです。
貧しい暮らしをあらわにしたその部屋で、ケーキや紅茶が振る舞われることはありませんでしたが、「きいちの世界」に遊ぶ限り、私たちはいつも満ち足りていて、貧しさということに無関心でいられたように思います。
でも、わたしが「きいちの世界」の大切さに気付いたのは、大人になってからのことでした。まだ編集者になりたてのころ、阿佐田哲也さんのお宅にうかがった時、阿佐田さんは、ご自身の子供時代について、「勉強嫌いで野球ゲームを考え出しては、遊んでばかりいた子供」と説明してくれました。想像力を駆使して、どれほど真剣にそのゲームの開発にのめり込んでいたかを語り、それは大層嬉しそうでした。「君たちにはこんな体験はないでしょう」と言いたげなご様子。
その時、私の中に蘇ったのが「きいちの世界」でした。もっとも、慣れない取材で上がりっぱなしの私には、そんなことは語れるはずもなく、ただ相づちを打つばかりでしたが、「きいち」の存在を思い出すことができて大収穫でした。だれの子供時代にもきらめくような時があり、それが意外なところで人間を支えていたりするものだーーこの本は、十五年以上も前の、こんな発見に端を発しているように思います。
喜一さんと私たちが、粗末な紙に描かれた一枚の絵だけでつながっていたとは、考えればこれはすごいことです。「きいち」というのが一体何なのか、男なのか女なのか、あるいは人の名前なのかさえわからなくても、私たちは「きいち」が大好きだったのです。
☆ 参考図書「わたしのきいち」小学館
今月のエントランス
長唄の「禿(かむろ)」を描いています。髪の簪や着物などが大変豪華で可愛い姿ですね。きいちは自身が日本舞踊の名取でしたから踊りの絵を描くのも好きだったのでしょう。「禿」の他にも踊りのタイトルをつけた日本舞踊姿のぬりえが描いています。
ぬりえ美術館情報
10月10日(日)~10月30日(土)までぬりえコンテストの募集をしておりました。優秀作品は12月ころ美術館のHPで発表する予定です。どうぞお楽しみに。
展示室のご案内
☆秋の企画展「秋は夕暮れ」を展示しています。蔦谷喜一が晩年に描いた童女画の絹本を転してしています。
Posted: Nurie : 21年11月06日 |