東京都荒川区町屋 土日曜のみ開館
開館時間:(3月~10月)12:00~18:00 (11月~2月)11:00~17:00

ぬりえ美術館

トピックス

春の企画展のご案内 (19/02/23)

きいち生誕105年 蔦谷喜一の生誕105年をお祝いします。
「みんなのそしてわたしのきいちのぬりえ」と題しまして、春の企画展を開催いたします。
開催期間:3月2日~5月26日まで
ご来館お待ちしています。

2月18日(月)はきいち生誕105年の日 (19/02/18)

1914年(大正三年)二月十八日、きいちは東京、京橋区に生まれました。きいちの生誕105年をお祝いしましょう。きいちの生誕105年を記念いたしまして、春の記念企画展を3月~5月まで開催いたします。ご来館お待ちしています。

3月から開館時間が12時からとなります。 (19/02/17)

3月から10月まで、開館時間が12時~18時までとなります。最終入館は17時半まで。時間が変更になりますので、ご注意願います。

第9回ぬりえコンテスト入選作品 美術館は土日のみ開館です おかげさまで16周年

新着情報

ケーブルテレビ放送のご案内

荒川区、文京区、千代田区のケーブルテレビをご覧の皆さま、下記日程でぬりえ美術館、「きいち生誕105年企画展」がご紹介されますので、是非ご覧ください。
3月18日月曜日~24日日曜日 放送
●番組名 地域情報コミュニティ番組「あらまるNEXT」 29分番組
放送日時 毎週月曜日~日曜日 ※1週間同じ内容を放送しております。
 11ch 6:00~  8:30~ 13:30~
(10ch 11:30~ 14:30~ 22:30~)

Posted: Nurie : 19年03月15日 | お知らせ

3月の美術館ニュース(2)

今年はきいちの生誕105年に当たります。これにちなみまして、「きいち千夜一夜」と題しまして、きいちについてご紹介いたします。


独身時代、洋服屋や本屋のツケはすべて兄が払ってくれていた。”お洒落は女の特権というわけではない。男だって、きれいな格好をしていたほうがいい”が兄の口癖だった。そんなわけで、洒落者の喜一は兄がひいきにしていた洋服屋に出かけたり、あるいはわざわざ呼び寄せたりして、二十歳になる前から背広をあつらえていた。オーダーのスーツ姿で銀座の町を闊歩すると、見ず知らずの人が振り返り、”そうか、今の流行はあんな感じか”囁く。”モボ”という言われ方は、どこか軽薄な漢字がして喜一自身はあまり好きではなかったが、街行く人にこんなふうに感心されるのは、ちょっと心地よかった。


「働かなくても番頭並の給料が入ってくるなんて、今考えるとすごいですよね。私の給料の決め方なんて実にいいかげんで、”番頭さんが六十円だから、喜一にも六十円あげよう”なんて、そんな感じでしたから」


川端画学校を三年ほどで卒業すると、昭和十年、二十一歳で、今度は有楽町の市毛にの前にあるクロッキー研究所に通いはじめる。クロッキー研究所は、裸婦デッサンを中心に訓練する場で、プロとして活躍する人を対象とした学校だった。特別に指導者がいるわけではないので、それぞれが自分のペースデクロッキー技法を磨いていく。「私はここに夜間だけ行っていたんですが、ぽつりぽつりと顔をだしながら、それでも、七から八年は通い続けたと思いますよ」

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3月の美術館ニュース(1)

三月と聞くだけで、何だか心がウキウキしてきます。春の明るい青空に暖かい空気、それに草木の青さ。終わりと始まりの時期でもありますから、心が騒ぐのかもしれませんね。

ぬりえのこころ -今月の一枚-
館内に入ってスグ目に留まるぬりえは、その時々の季節のものやテーマを設けて月毎に展示しています。このコーナーでは、月替わりのエントランスのぬりえから1枚を選んでご紹介します。
   

    
タイトル:トースト
作  者:きいち
年  代:昭和30年代


3月のエントランスは、「西洋風は憧れ」をテーマにしたぬりえを展示しています。
朝食時に、トーストしたパンにバターを塗る少女。
今と変わらぬ光景ですが、トースターの形が昭和30年代のものですね。

トースターの歴史を紐解いてみると、昭和30年に、「自動式と手動式のポップアップ型トースターが発売された。どちらも上部にパンを入れる窓があり、手動式は外部に付いているハンドルを操作することでパンを上下させるもので、自動式はパンを入れて焼き上がるとパンが自動的に窓から1/2ほど出てくるものでした」とあります。昭和40年代になって、オーブン式のトースターになっていきます。

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3月の美術館便り(2)

1.3 文芸春秋 十二月号 (1997年)

People 特集 懐かしの遊び
昭和浪漫復活。集大成の本が完成した「きいちのぬりえ」


昭和二十二年頃から三十年代まで女の子たちの人気を集めた「きいちのぬりえ」
八枚五円の絵が月に百万セットも売れるとは予想もしなかった。

カラーテレビが普及するとともにぬりえは店頭から消えてしまったが、ここ数年続くレトロブームに乗り、ポストカードなどで氏の童女画が復活。また、十年前から日本画で少女を描く「童女百態」シリーズに取り組み、今年二月には埼玉県春日部市で「昭和浪漫童女百態/原画展」を開催した。会場には懐かしさを求める女性を中心に四千五百人が来場。連日長蛇の列ができ、その中には遠路はるばる新幹線で駆けつけたファンも。
「ルーズソックスもかわいい」という氏だが、「平成の女の子を描くとしたら?ロマンを感じられないから難しいですね」

十月には人生の集大成ともいえる作品集「わたしのきいち~ぬりえ作家、蔦谷喜一の世界」(小学館刊)を上梓。これまで表にでることが少なかった氏の素顔と軌跡を知ることができる。

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3月の美術館便り(1)

きいち生誕105年
蔦谷喜一の生誕105年をお祝いします。
「みんなのそしてわたしのきいちのぬりえ」
2019年3月2日(土)~5月26日(日)


蔦谷喜一の生誕105年を祝いまして、春の企画展では「みんなのそしてわたしのきいちのぬりえ」と題しまして、日頃は展示をしていない生前に取り上げられた雑誌を中心にグッズ類やぬりえが入っていましたぬりえの袋等を展示いたします。
 

ぬりえは子どものころには誰でもしているものですが、成長するにしたがっていつしかぬりえをしていたことも忘れてしまうものです。しかしぬりえは、子どもの心を育む遊びでもあります。子どもにとって大切な「こころの宝物」を昭和、平成そして新しい時代にも残して、日本の文化の一つとして、きいちのぬりえを伝へ、ぬりえ文化として残していきたいと願っています。
今後ともきいちのぬりえにご支援を賜りますよう宜しくお願いいたします。

1.掲載雑誌より

1.1 ミマン 1998年3月号
50年代 ぬりえで遊んだあのころ

少女たちにせっせと夢を送り届けた
ぬりえ作家 蔦谷喜一さん
 林 えり子 作家

ぬりえ作家の蔦谷喜一さんがご健在、ということを聞き知ったときにはすくなからず驚かされた。
蔦谷さんは、
「一晩に三十枚四十枚、最も忙しかった時代は六十枚も描きました」と、いうご本人の驚くべき証言に私は眼を丸くしたが、それも紙に描くのではなく、
「版に直接描くんです。亜鉛版みたいなのに筆ですけれど油の墨で描く。油墨、油煙墨っていうのかな。間違っていても消せないんです」
とおっしゃり、すぐに印刷できる状態での版下描きであった。誤りの訂正は不可能なので、一枚一枚が真剣勝負、しかもそれを日に何十枚と描いたのである。


もちろん彼は、生活の手段としてぬりえを描いたのだが、ぬりえを描くこと自体にある種よろこびを感じていたようなのである。
「私は男であるし大人であるのにね、年齢があるところで、少女、少年というより少女の気持ちで止まっちゃっていたんじゃないかと思うんですよ。夢見るとか憧れるとかね、希望とかいうものが少女のそれと似通っているんじゃないかと思う」

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