ぬりえのあれ、これ No.5
2022年は、ぬりえの出版物の中からぬりえに関する「あれ、これ」をご紹介いたします。
ぬりえで育った人
《ぬりえの誘惑 田辺聖子》
子どものころのぬりえには、ベティさんやミッキーマウスがあった。
それからおたばこ盆に髪を結った女の子など。戦前のせいか西洋人はなく、日本髪の女の子が多かった。昭和のはじめから十五、六年まで、つまり、昭和三年うまれの私が女学校へはいるまで、小学生のあいだじゅう、ぬりえに親しんできた。
教育ママの母は、ぬりえなど幼稚で、ちっとも絵の勉強にならないというのだ。
しかし私は、白地の絵をみると、色がぬりたくてむずむずするのだった。きれいな日本髪の少女や、たもとの長い着物を着た少女をみると、どんな色の髪飾りにしようか、どんな色の着物にしようかと、ぬりえを抱えて帰る道すがら、うれしさで気持ちがわくわくするのであった。
小さいうちはクレヨンであったが、小学校高学年になると色鉛筆を使い出した。こまかい部分までぬれるからであった。だんだん技術も高尚になってきて、着物の柄など、肩から裾にかけてぼかしを用いて、色を変えたりする。
途中省略
こういうことを、小学生の私は学校からかえるなり、黙々と机に向かって何時間でもやっていたのだ。洟をすすりながら私は精魂こめて、一心ふらんにぬり埋めていた。
ノートの裏表紙などに、ぬりえのつもりではないのであろうが、色のない絵がかいてあったりすると、私はすぐさま、ぬりつぶしたくなるのであった。
また、ぬりえの線はやわらかく、いかにもぬりたくなる衝動をおこさせ、誘惑するのである。ぬりえに熱中した後遺症というべきか、いまも私は「源氏物語絵巻」の白描の絵などをみても、つい、色鉛筆でぬりうずめたくなってしまうのだ。私の小説はわりに視覚的だと思うのだが、それとぬりえにしたしんだことと関係があるのだろうか。(作家)》
(『きいちのぬりえ ー メリーちゃん花子さん』草思社)
今月のエントランス
「やわらかいしばふのうえ」
年代:昭和30年代
作者:きいち
女の子は、なんと優雅な姿でしょうか。野外の芝生の上に座っているのに、足の伸ばし方が綺麗です。大人びて見えます。長い髪に大きなリボンをつけて、ずっとお姉さんに見えますね。
ぬりえ美術館展示情報
☆3月~5月の春の企画展では、壁面にきいちが晩年に描いた美人画や童女画の絹本を展示しています。(絹本:絹に描いた絵)
展示室のご案内
★きいちの描く絹本をお楽しみください。
Posted: Nurie : 22年05月03日 |