東京都荒川区町屋 土日曜のみ開館
開館時間:(3月~10月)12:00~18:00 (11月~2月)11:00~17:00

ぬりえ美術館

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美術館便り 8月~10月合併号

きいち生誕105年
蔦谷喜一の生誕105年をお祝いします。
「麗しのきいちのぬりえ」
2019年8月3日(土)~10月27日(日)

蔦谷喜一の生誕105年を祝いまして、秋の企画展「麗しのきいちのぬりえ」~令和の
時代もきいちのぬりえ~と題しまして、昭和10年代のフジヲ時代のぬりえやきせかえ等を
ご紹介いたします。
 
ぬりえというものは、不思議なもので、小さい頃には夢中になってしていたものですが、いつしか大きくなるにつれて忘れられてしまうもののような気がします。それが、大人になって、何十年も前のことなのに、「ぬりえ」という言葉を聞いたり、見たりしたときに、突然昔に戻り、そういえば時間も忘れて塗っていたことがあった、と思い出すものなのだと思います。

きいちは「ぬりえは、子どもの心を育む遊び」と言っています。子どもにとって大切な「こころの宝物」を昭和、平成そして令和の時代にも残して、日本の文化の一つとして、きいちのぬりえを伝へ、ぬりえ文化として残していきたいと願っています。
今後ともきいちのぬりえにご支援を賜りますよう宜しくお願いいたします。


1.秋の企画展
秋の企画展では、戦前にきいちがアルバイトとしてぬりえを描いていた時代、フジヲのサイン名のぬりえときせかえをご紹介いたします。


1)フジヲ時代
喜一とぬりえの出会いはある日突然やってきた。昭和十五年、喜一が二十六の時だ。
「川端時代の友人で、画学校を途中でやめて家業の製本屋を継いだ男がいたんですけど、
彼がひょっこりやって来て、いきなり言うんです。“ぬりえの仕事を持って来てやったよ。
こんな仕事は、僕はばかばかしくてできないけど、君ならちょうといいと思ってさ“・・・」

この話を貰った時の喜一の心境は正直いって複雑だった。仕事の内容は詳しくはわからないが、いつか夜店で見た裸電球にてらされてすすけたような、あれを描くと思うとなんだか滅入ってくる。しかし、商売のセンスもなく、絵で食べていけるかもわからない不安な将来を思うと贅沢は言っていられなかった。」
「でも、描いてみると意外に楽しい。社長も私の絵を気に入ってくれて、何度か注文がきたんです。私は姉や妹とよく、歌舞伎を見に行っていたので、歌舞伎をテーマにぬりえをおこしてみたんですが、その華やかな感じがよかったんでしょう。最初は“きいちのぬりえ”でなく、“フジヲ”を名乗りました。夏目漱石の「虞美人草」に出てくる藤尾が好きだったので、そこからとってね。」
*参考図書:わたしのきいち 小学館


昭和10年代のぬりえはいくつかのタイプに分けることができます。
1-1日本画の画法を生かした作品
   
まずこれらのぬりえを見ると、これがぬりえだろうか、と驚かされます。これほど細かい絵に彩色したのだろうか、と思いますが、寄贈された当時のぬりえを見ますと、色が塗られていますので、当時の女の子たちは、“ぬりえはこういうもの”として当たりまえに塗っていたようです。

この詳細に描かれたぬりえは、きいちの日本画のテクニックが充分に生かされ、きいちの好きな歌舞伎の世界や日本の物語を描いています。今回はきいちのテクニックを見ていただきたいと思います。
「お三輪」の髪についている手絡(てがら:女子の髷の根もとにかける色模様の布地)に描かれた絞りの模様の描き方や「横笛」の着物に描かれた点描の暈し模様等など、ぬりえだからこそ線画で、より細かくテクニックを見れると思います。


1-2 モダンなぬりえ
「オクワシノオウチ」

近未来的な、面白いテーマのぬりえではありませんか。
食パンのホテルの建物に、クッキーの扉、ホテルの看板の字もアイシングしたクッキーでしょうか。玄関前の花の台も三層になったケーキのようです。夢のようなテーマで大好きなぬりえです。
「オクワシノオウチ」のほかにも、「タンポポノコドモタチ」やおままごとの子どもたちの絵もモダンなぬりえだと思います。


1-3 一般的なぬりえ
女の子の日常を描いているぬりえにはオカッパ頭やクルクル渦をまいたパーマヘアなど、
昭和20年代に続くようなぬりえが見られます。髪にはリボンが描かれていますが、まだまだ小さいリボンが多いようです。


2)きせかえ
   
「きせかえは私自身が復活させたかった。当時、ぬりえと違ってきせかえは下火でしたからね。実際の人形遊びも楽しいけれど、紙の世界にも昔からこんな遊びがあるんだと、子供たちに知ってほしかった」

きせかえについては、B4程度の大きさのものを石川松声堂と山海堂、それぞれに毎月四枚ずつ納めた。きせかえは人物や洋服の型をおこして、一つ一つ紙の上に置いては寸法を取っていく非常に手間のかかる作業だ。できるだけ余白を少なくして、さまざまな要求を盛り込むことも大切で、喜一のきせかえにはお洒落な洋服や着物に混じって、ブーケや帽子、ハンドバッグ、人形といった多くの小物が添えられていた。


きいちのきせかえの大きな特徴のひとつに両親や姉妹など、家族の存在が挙げられる。家族構成については、たとえば父親が会社員で母親が専業主婦といった一般的な家庭の他、「芸術家ファミリー」、「商売を営む家」「茶道の家元」といった具合に作成の辞典で想定された、それにあわせて洋服や家具などが描かれた。
* 参考図書:わたしのきいち 小学館


今回も家具が描かれたきせかえを展示していますが、タンス、鏡台、蓄音機、ソファ等、自分の身の回りには見られないような家具なども描かれ、ぬりえと同様にそれらの家具を組み立てながら、自分の家にこのようなものがあればいいな、と思いながらきせかえで遊んでいたことでしょう。


2.きいちの言葉
春の企画展につづき、今回も同じきいちの言葉をお伝えしたいと思います。

「持っているだけで楽しい絵」
私は、もっと、心のこもった絵を、小さい子どもたちに見せたかった。一所懸命描いてはいたが、やはり商業ベースだから数をこなさなければ、というところもある。
私は、いい絵が描きたかった。色をぬるためというのは、二の次でよいと思った。色をぬってもぬらなくても、持っているだけで楽しい、という絵を描きたかった。いやな絵を買って、色をぬってもしかたがない。子どもたちが、好きになった絵を選んで、楽しんで、色をつけたいこどもは色をつければよい、と思った。「草思社 きいちのぬりえ」

「美しい絵を描きたかった」
ぬりえは子どもの創造性を阻害すると、悪者視されるのを聞いたりすると、私はふるい立った。ぬりえは、絵画の教育ではない。教育とは無縁のもので、あくまで子どもの遊びである。幼い子どもの情緒を養う、心の遊びだと主張したりした。
もし、私が「ぬるための絵」とだけ考えて絵を描いていたら、もっと違った、教育的なものを描いたと思う。しかし、私は美しい絵を描きたいから描いてきたのだった。美しい大人なり、子どもなりの絵を描きたかったのである。「草思社 きいちのぬりえ」


きいちはぬりえに対して、上述のような気持ち、思いをもって描いていました。
これらの思いを元に生まれたきいちのぬりえは、当時の女の子たちの心を捉えて止みませんでした。


今年の五月には新しい年号が制定され、新しい時代が始まりました。昭和の時代から時間は経っても、可愛いきいちのぬりえの女の子たちは忘れ去られること無く、新しい時代にも永遠に生き続けることでしょう。きいちのこれらの言葉と共に。
これからもきいちのぬりえを楽しんでいただければ、幸いです。(館)

Posted: Nurie : 19年08月03日 | 美術館だより|

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