東京都荒川区町屋 土日曜のみ開館
開館時間:(3月~10月)12:00~18:00 (11月~2月)11:00~17:00

ぬりえ美術館

前 6月からの開館日変更のご案内 | ぬりえ美術館のブログ | 7月の美術館ニュー(1) 次

7月の美術館ニュース

7月になりました。6月より開館日が変更になり、土曜日・日曜日のみの開館となりました。祝祭日は休館となりますので、宜しくお願いいたします。


今月は、きいちのぬりえの発祥について、出版元のお話を「メリーちゃん花子さん きいちのぬりえ」草思社(1978年)からご紹介したいと思います。


「ぬりえ屋家業の話」 石川 花子 (石川松声堂未亡人)
~ぬりえは喜一さんがいちばん~
あの先生の絵は女の子の髪が縮れているでしょう。これで売り出したんですよ。クルクルとした頭で、足が太くて、鼻はあるかないかで、首が短くて、あちら風でね。戦争前には、そんな縮れた髪、なかったでしょう。戦争前の、ほかのぬり絵屋さんのをみると、お姉さんならお姉さんらしく、首が長くてね、すーっとした絵でしょう。こちらは独特の絵ですからね。 
イヤリングなんかはね、時代がだんだんそうなっているから、つけれくれ、つけれくれって私が言ったんです。小さいお子さんというのはイヤリングとか指輪とか、大変お好きなんです。だからなるたけ指輪は描いてくれってね。
 喜一さんの絵、お子さんが大変好いてくだすってね。駄菓子屋さんでお買いになって、たいがい五円ですねえ、買ってらしたんですよ。十円のはそれより大判でね。大判もあったんですよ。


その時分は、他のぬりえもよく売れたんですよ。でも、ぬりえだけは喜一さんがうまいですよ。年中それを研究して、ぬり絵一本で生活していたんだから。ああいう商売していると、絵描きさんがよく来るんですよ。「こういう絵ですが、描かせてくれませんか」って。ぬりえをこしらえるには元手がかかりますから、めったやたらに描かせやしませんが、たまにはね。でも、一年とつづきませんね。ずーっと続いたのは喜一さんより他、ないですね。
 

喜一さんの絵はていねいですよね。他の絵描きさんは、絵の具をかきあわせて、ちょっと塗って、「ここがピンク」とか指定してくるだけなの。喜一さんは全部を塗って、仕上げてくれるのよ。細かい所までね。

~追っかけられるほど売れて~
十年くらい(三十五、六年まで)は、ずいぶん売れたんですよ。
「きいち」は、新しいものを月に四版だしますから、それでまた、売れるんですよね。他のところは、袋から中味から変えないんですよ。いちど版をこしらえるでしょ。そうすると、それを何年でもやっているんです。ウチは一週ずつ、新しいの、新しいのとこしらえてね。表紙から中味から全部新しいんです。だから新版が出たというと、「ワア―ツ新版が出た!」ってね。


~袋入りぬりえを発明~

私どもがぬり絵を始めましたのは、終戦後のことなんですよ。
私の妹の嫁ぎ先がぬりえ専門にやっていたウチでね、終戦は20年頃ですか、その前からずーっとぬりえをつくっていたんです。昭和の初めからやっていたんですかね。「フジヲのぬりえ」と言いましてね。屋号は勉強堂というんです。その時分は黄金バットとか、そういう漫画式のが、だいぶ出たらしいですよ。紙芝居見せて飴のかわりにぬりえをくれたり、縁日でね、一枚ずつ、今言うと(お金の価値が違っていて)おかしいけど、一銭くらいで売ったんじゃないですか。戦争前はバラで売ったんですよ。ぬりえを袋に入れて売るのを考えたのは、私どもですからね。


戦争中、妹たちは長野の方に版を持って疎開しましてね。終戦になってウチに版を持ってきて、「じゃ、これで一緒にやりましょう」ってことになったんです。(昭和21年)
その時分は、紙買うったって、容易じゃなかったんですよ。私どもは戦争前、絵葉書屋をやっていた関係で取引きがありましたからね、ザラ紙みたいな紙を製紙会社から直通でまわしてもらってね。それを印刷屋に頼んで、やるようになったんです。
 

ウチのダンナ(花子さんの夫。故徳三郎さん。三十四年、六十四歳で死去)は絵葉書屋出身でしょ。それで、そのほうがまとめて売れるだろうと、ぬりえも袋に入れて売り始めだんですよね。そのうち、よそでも真似し始めたというと変ですけれど、袋にいれたっていうそもそもは、私どもが早いんです。


「メリーちゃん花子さん きいちのぬりえ」は、草思社から1978年に出版されたものです。同じ年に資生堂のギャラリーで、きいちのぬりえの展覧会が開催され、そこで集まったぬりえを使ってこの本が生まれたようです。
きいちのぬりえに関する本では、最初の本であるため、掲載されているぬりえはとても素敵な可愛いぬりえが数多く載っています。ぬりえが入っていた袋はカラー印刷されていましたが、その袋の絵は、私も持っていない絵を沢山見る事ができます。
1978年頃には石川松声堂の未亡人もまだ生きていられたので、このような貴重なお話も聞けた訳ですね。きいちのぬりえ誕生のお話やぬりえが袋入りになった背景など興味深いお話です。(館)

Posted: Nurie : 18年07月01日 | 美術館だより|

この記事についてのコメント

カテゴリー

最近のエントリー

月別アーカイブ

エントリーの検索

ぬりえのお店やさん ぬりえのアルバム 最新ぬりえギャラリー 海外のぬりえ研究室
Page Topへ