東京都荒川区町屋 土日祝日のみ開館
開館時間:(3月~10月)12:00~18:00 (11月~2月)11:00~17:00

ぬりえ美術館

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8月~10月の美術館便り(合併号)(1)

ぬりえ美術館10周年記念企画
きいちワールド展
~ぬりえや絹絵、美人画で魅せるきいちワールド~
平成24年8月5日(日)~10月28日(日)
 
2002年8月に開館したぬりえ美術館は、今年で10周年を迎えることができました。これも偏に皆様のご支援の賜物と心より感謝申し上げます。
2002年の開館以来、展示とぬりえについての関係書の出版、海外でぬりえを紹介するぬりえ展開催という3本柱の活動をしてまいりました。これからは、ぬりえ美術館の展示を第一に、そして海外でのぬりえ調査を継続して参ります。
これからもこれらの活動を通じて、ぬりえの認識を高め、ぬりえ文化に貢献していきたく、努めてまいりますので、これからもご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

企画展のご案内
ぬりえ美術館10周年記念企画展は、「きいちワールド展」と題しまして、蔦谷喜一をとりまく様々な作品やグッズなど、従来の企画展ではご紹介していない絹絵や珍しい美人画などを展示し、蔦谷喜一の世界をご紹介して参ります。
蔦谷喜一とは、きいちのぬりえとは
戦後の昭和22年から40年ころまで、少女に絶大な人気があったぬりえが
「きいちのぬりえ」でした。当時ぬりえは大変な人気で、40人ほどの作家がいたと、きいちが語っていましたが、その中でも一番人気があったのが、きいちでした。
「きいちのぬりえ」とおもちゃに作家の名前が付いたのもきいちが最初ではなかったでしょうか。

2002年、日本の現代アートの第一人者である村上隆氏がキューレーションをして、パリのカルティエ現代美術財団にて開催された「ぬりえ展」の出品を期に、きいちは今、世界からも関心を集めています。
その村上隆氏が蔦谷喜一を称して、「まだ貧しかったあの時代の、少女たちの美へのあこがれに応え、「想像力」を喚起した。芸術家です」とコメントされています。


きいちのぬりえの特徴
ちょっと四角い大きな顔に、ぱっちりした大きな目、そして太い足の三、四頭身の女の子、というものでした。
あのような少女の顔が、当時の少女の理想像だったのではないか、と私は思っています。
そして、三、四頭身というのは日本人が考える「可愛らしさ」であり、その可愛いの原点は、きいちのぬりえの少女ではないかと思っています。


「蔦谷喜一」とは、とのような人物だったのでしょうか。
本名は、蔦谷喜一(つたやきいち)。大正3年に東京は京橋区新佃ということころで、紙問屋の五男で、九人兄弟の七番目として生まれました。
新聞社に紙を納める紙問屋の息子として、何不自由なく育ちます。流行のファッションに身をつつみ、お隣の銀座を闊歩するモダンボーイでした。

きいちは、子供のころから絵が好きで、特に人物画が得意だったそうです。 
昭和6年。17歳の頃です。帝展に出展されていた山川秀峰の「素踊」をみて、自分の夢は何か、ハッキリと自覚するようになったきいちは、川端画学校で日本画を習い、クロッキー研究所というところで裸婦デッサンなどを勉強しています。

昭和15年。きいちが26歳。川端画学校の友人がぬりえの仕事を持ってきました。歌舞伎が好きだったきいちは、歌舞伎をテーマにしたぬりえや美人画のようなぬりえを描き、人気となっていきました。
戦争になり、中断。
戦後の1年は築地に駐留していた米兵の、恋人や奥さんの肖像画を掛け軸に描く仕事をしていました。100枚くらい描いたそうです。きいちの絵がバタ臭いといわれますが、この頃の影響かもしれませんね。

その後、昭和22年より本名の「きいち」でぬりえを再び開始し、毎月100万部も売れる爆発的な人気となったのは、先にお話したとおりでございます。

昭和40年頃には廃れてしまったぬりえですが、昭和53年(1978年)私が以前勤務していました化粧品会社の銀座のギャラリーで、きいちのぬりえの展覧会が開催され、「第二次きいちブーム」が起こることになりました。
それ以来、コマーシャルに使われるなどして、人気は今に続いています。

ぬりえが大人気の時代に、「ぬりえは子どもの創造性を阻害する」とぬりえが悪者扱いをされることもあったそうです。そんなとき、きいちは、
「ぬりえは絵画の教育ではない。幼い子どもの情操を養う、こころの遊びだ」と反論しています。
また、「もし、"ぬるための絵"を考えて絵を描いていたら、もっと違った、教育的なものを描いていたと思う。しかし、私は美しい絵を描きたいから描いてきたのだ。
色を塗っても塗らなくても、持っているだけで楽しい、という絵が描きたかったのだ」とも語っています。

戦後の貧しい日本で、子どものお小遣いでも購入できるぬりえに美しい世界を提供したきいち。生涯現役で絵を描いたきいちは、2005年91歳でなくなりました。

2006年頃より、"大人のぬりえ"人気が訪れました。そのお蔭で、デイサービスなどの老人の施設では、ぬりえがなされているのですが、ぬりえ専門に描かれたきいちのぬりえはここでも一番の人気となっているそうです。
色は脳の中の、感情の部分に直接関与するものだそうですので、ぬりえをするとその色を使うことによって、心も元気になるようです。
これからは子どもだけでなく、おとなの方も脳の活性化に寄与するぬりえをする時代になりました。ぬりえは時代、時代に合わせて進化しているようです。

Posted: Nurie : 12年08月12日 | 美術館だより|

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