ぬりえあれ、これ No.4
2022年は、ぬりえの出版物の中からぬりえに関する「あれ、これ」をご紹介いたします。
図画の用具についても検討し、ぬりえの流行を探ってみたい。
大正六年(1917)頃からクレヨンが輸入され始め、更に大正十年(1921)に国産クレヨンが登場し、たちまち流行した。自由画とクレヨンがセットになった形でさらに広まることになった。
用具がないとぬりえも自由にはできない。ぬりえをするのは子どもであるから、自由にぬりやすいクレヨンがぬりえの流行に一役かったことが容易に理解できる。
その後、明治後期いなってはがきの絵に色を塗って送ると、賞金や賞品がもらえることが流行し、ぬりえの普及に貢献し、大正時代にはぬりえ帳が現れた。
戦後の歌として有名な並木路子の「リンゴの歌」があるが、そのヒットの裏には、その当時高価だったりんごをステージから客席にいる聴衆に投げ入れたということがあるのだそうだ。大人でさえ、物には弱いのだ。子どもたちも賞金や賞品が貰えることは、非常に大きな魅力だったに違いないので、ぬりえの流行には拍車をかけたことだろう。
参考図書:「ぬりえ文化」小学館スクウェア
今月のエントランス
浴衣を着て、手には洗面道具をもって、お風呂屋さんに。
さくらんぼ柄の可愛い浴衣に三尺を締めて、髪にはつげの櫛が留まっています。
湯上りに浴衣はさっぱりして、気持ちの良いことでしょう。
ぬりえ美術館展示情報
☆3月~5月の春の企画展では、壁面にきいちが晩年に描いた美人画や童女画の絹本を展示しています。(絹本:絹に描いた絵)
展示室のご案内
☆きいちの描く絹本をお楽しみください。
☆館内のぬりえコーナーは、コロナ感染防止のためにしばらくお休みをしています。
ご了承のほどお願いいたします。
世の中は桜色に美しくそまっているのに、コロナやウクライナなど世界的に大変な事が起きていて、苦しく悲しい気持ちになります。ウクライナの人々にエールを届けましょう。
ぬりえのこころ -今月の一枚-
館内に入ってスグ目に留まるぬりえは、その時々の季節のものやテーマを設けて月毎に展示しています。このコーナーでは、月替わりのエントランスのぬりえから1枚を選んでご紹介します。
タイトル:おちゃをおきゃくさまに
作 者:きいち
年 代:昭和20年代
4月のエントランスは、「着物でお洒落」を展示しています。
3月の中頃、着物に袴の大学生を何人か街で見かけました。着物と袴の色合いとか、着物の柄など色合いも華やかで、綺麗ですね、と声を掛けたくなりました。
最近では普段に着物を着る機会がなくなり、卒業式や成人式、結婚式などに見られるくらいになってしまいました。
昭和20~30年代には、きいちのぬりえに描かれたように子どもたちも着物を着ることが多かったようです。
お母さんやお婆さんが着物を縫うことができる人も多く、縫ってあげることもできたからでしょう。
私の祖母も和裁ができましたので、普段着の着物のウールや浴衣など、毎年縫ってもらいました。他に母の子どもの頃のお古の着物などもあり、お正月に着物を着て、はしゃいでおりました。
夏の浴衣は、お祭りがあると近所の子どもたちは女の子だけでなく、男の子も浴衣を着て、お祭りに参加していました。私の田舎では、山車が昼も夜も出るのですが、夜のほうが活気があり、町の通りの電灯の下を皆で山車を引くのですが、浴衣姿で引っ張って歩くのは、それは楽しかったものです。
ぬりえの中の可愛い女の子の着物姿をどうぞ楽しんでください。(館)