東京都荒川区町屋 土日曜のみ開館
開館時間:(3月~10月)12:00~18:00 (11月~2月)11:00~17:00

ぬりえ美術館

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2019年7月28日の記事

秋の企画展のご案内

「麗しのきいちのぬりえ」~令和の時代も、きいちのぬりえ~
8月3日(土)~10月27日(日)まで、秋の企画展を開催いたします。昭和10年代のフジヲ時代のぬりえやきせかえ等を展示いたします。
ご来館をお待ちしています。

Posted: Nurie : 19年07月28日 | トピックス

さとるさんの「かいひろい」

「小さい頃に行った海を思い出しながら」とコメントされています。夏らしく赤い洋服です。
籠の色が同色なので服に同化してしまいましたので、別の色にすると良かったですね。貝の色が色々あって、良いと思います。(館)

Posted: Nurie : 19年07月28日 | ぬりえギャラリー

無記名さんの「いろみずやさん」

夏らしいぬりえです。色水ですから、いろいろな色を使いたくなりますね。カラフルで可愛いです。(館)

Posted: Nurie : 19年07月28日 | ぬりえギャラリー

さおりさんのチューリップ

青い空に白い雲、庭の奥の方にも沢山のお花が咲いています。指にはマニキュアをして、とても丁寧に塗られています。ぬりえのコンセプトや物語を考えて塗っていて素敵です。(館)

Posted: Nurie : 19年07月28日 | ぬりえギャラリー

○もさんの「ねんねこでおんぶ」

ねんねこ半纏の麻の葉もようの中を細いペンで細かく柄を描いています。以前モスクワの大学でぬりえのぬりえをしてもらったことがあり、その中の一人が積み木の部分にこのように模様を描き込んでいました。ぬりえ美術館にいらした方の中で、このような描き方をした方は今までいらっしゃいませんでした。(館)

Posted: Nurie : 19年07月28日 | ぬりえギャラリー

2019年7月 7日の記事

7月の美術館ニュース(2)

きいち千夜一夜 No.7

今年はきいちの生誕105年に当たります。
これにちなみまして、「きいち千夜一夜」と題しまして、きいちについてご紹介していきたいと思います。


子供がひとつの遊びに夢中になれすぎれば、それを親が禁じたり批判したりするというのは世の常で、「きいちのぬりえ」にも、こうした事態は当然訪れた。大人は、”ただ線をなぞって色を付けるだけの作業でしかないぬりえは、子供の成長になんの役にも立たない”と批判。まして、駄菓子屋で売っているぬりえなど、問題外だった。


「でも、どうしてもぬりえブームが衰えなかったものだから、それならばと日本の画壇でも著名な人にぬりえを描かせ、教育ぬりえとして発売した出版社もあありました。が、これはもののみごとにはずれ。ぜんぜん売れなかったみたいですよ」
混沌としてざわめき立つばかりで、ゆとりのない時代。多くの大人たちはみな一定の方向を見て生きることに夢中で、子供たちがどんなに伸びやかにぬりえを楽しんでいたかなど、そんなことは知る由もなかったのである。


踊りにお茶にお花に三味線、稼いだお金は全部お稽古事に遣っちゃった。だって、発表会や」なんだかんだで。お金なんていくらあってもたりるもんじゃない。

ふっくらとした頬に大きな瞳、むっちゃりとした太い手脚。多くの人の記憶に残る、これぞ「きいちのぬりえ」というタッチが完成するのは、昭和二十年代後半のことである。
シンプルな線で美人画風に描き上げた「フジヲ」時代、メリーちゃんやシャールー・テンプルのイメージでカールを強調した「きいちのぬりえ」初期のころ、また、途中で太い脚を細く長くしてみたりと、時流にならってタッチの変革を試みたこともあったが、結局はだれもが知るあの「きいちのぬりえ」に落ち着くことになる。そしてこれと同じような流れは、きいちのきせかえの世界にも見られる。
*参考図書「わたしのきいち」小学館



「うちのかだんで」
作者:きいち
年代:昭和30年代
自分の家の花壇のお手入れをする少女ですが、いわゆるサブリナパンツを履いています。
サブリナパンツは、1954年に公開されたオードリー・ヘップバーンが主役の映画「麗しのサブリナ」の中で履いていたパンツで、その映画により大流行となりました。きっとこの映画の影響で、きいちのぬりえの中にも描かれたのでしょう。今見ても、少しも古臭くありませんね。


ぬりえ美術館展示情報
○今年は蔦谷喜一生誕105年です。
展示室では、「踊りの稽古」「仲良しは楽し」などをテーマにしたぬりえを展示しています。

Posted: Nurie : 19年07月07日 | 美術館ニュース

7月の美術館ニュース(1)

ぬりえのこころ -今月の一枚-
館内に入ってスグ目に留まるぬりえは、その時々の季節のものや  テーマを設けて月毎に展示しています。こ
のコーナーでは、月替わりのエントランスのぬりえから1枚を選んでご紹介します。
   

    
タイトル:レイをかけて
作  者:きいち
年  代:昭和30年

7月のエントランスは、「おしゃれな服で」をテーマにしたぬりえを展示しています。

レイをかけた様子は当時でも珍しいと思いますが、他にも「ハワイの子」、というぬりえを描いていますので、昭和30年代にもハワイは憧れの地であったと思われます。
「憧れのハワイ航路」は昭和23年に岡晴夫によって歌われた歌ですが、ハワイ航路は横浜~ホノルル~サンフランシスコに行く航路で、戦前は日本郵船の花形航路であったそうです。まだまだ飛行機で行く時代ではなく、船旅だったのですね。
その歌に歌われたハワイが、ずっと日本人にとって憧れの観光地として続いているのだと思います。フランスやパリが文学や芸術の憧れの地であるように。

今月はお洒落な服をテーマに、当時としては素敵な、ファッションセンスに溢れた服を着た少女達を展示しています。
きいちは元々お洒落なモダンボーイであったので、女性や女の子の服にも素晴らしいセンスを発揮しています。ぬりえに描かれた服のシルエット、服に描かれた柄、どこにどんな飾りを付けるか、どのような組み合わせにするか等など、子どもたちの家の周りには見られないようなお洒落な服であったので、当時の少女達の心をつかみ、こんな服を着たい!という夢を叶えてあげていたと思います。
憧れの服に色をつけているうちに、洋裁師さんになられた方もいらっしゃいました。
お洒落な服を着た少女たちをご覧ください。(館)

Posted: Nurie : 19年07月07日 | 美術館ニュース

7月の美術館便り

今年も早半年が過ぎました。まだ梅雨の雨模様の日が続いていますが、もうすぐ夏がやってきます。今年の後半も元気に過ごしていきたいものです。


今月は、今年6月6日に91歳で亡くなられた小説家の田辺聖子さんが、ぬりえの魅力について書かれた記事がございますので、この記事をご紹介したいと思います。


「ぬりえの誘惑」 田辺聖子

子供の頃のぬりえには、ベティさんやミッキーマウスがあった。
それからおたばこ盆に髪を結った女の子など。戦前のせいか西洋人はなく、日本髪の女の子が多かった。昭和のはじめから十五、六年まで、つまり、昭和三年生まれの私が、女学校へはいるまで、小学生のあいだじゅう、ぬりえに親しんできた。
教育ママの母は、ぬりえなど幼稚で、ちっとも絵の勉強にならないというのだ。
しかし私は、白地の絵をみると、色がぬりたくてむずむずするのだった。きれいな日本髪の少女や、たもとの長い着物を着た少女をみると、どんな色の髪飾りにしようか、どんな色の着物にしようかと、ぬりえを抱えて帰る道すがら、うれしさで気持ちがわくわくするのであった。


小さいうちはクレヨンであったが、小学校高学年になると色鉛筆を使い出した。こまかい部分までぬれるからであった。だんだん技術も高尚になってきて、着物の柄など、肩から裾にかけてぼかしを用いて、色を変えたりする。
また、ほっぺたには桃色の色鉛筆を塗るが、きれいにぼかして桜色の頬にしたり、目の上にも桃色を塗ったりした。いまのアイシャドウは、ブルーか茶かグリーンであるが、日本古来の化粧法では、頬紅を眼の上へうすく刷くのであった。私は子供なりに絵の女の子にも化粧をさせているのである。
さらに、赤鉛筆を小刀でけずってその粉を散らせ、薄紙や脱脂綿でぼかすという技術まで考え出した。まるでしぼりの着物のようになった。

こういうことを、小学生の私は学校から帰るなり、黙々と机に向かって何時間でもやっていたのだ。洟をすすりながら私は精魂こめて、一心ふらんにぬり埋めていた。ノートの裏表紙などに、ぬりえのつもりではないであろうが、色のない絵がかいてあったりすると、私はすぐさま、ぬりつぶしたくなるのであった。また、ぬりえの線はやわらかく、いかにもぬりたくなる衝動をおこさせ、誘惑するのである。
ぬりえに熱中した後遺症というべきか、いまも私は「源氏物語絵巻」の白描の絵などをみても、つい、色鉛筆でぬりうずめたくなってしまうのだ。私の小説はわりに視覚的だと思うのだが、それとぬりえにしたしんだことと関係があるのだろうか。(作家)
*出典 「メリーちゃん花子さん きいちのぬりえ」 草思社


年代は違っても、ぬりえに対する感覚、考え方は、昭和、平成の人にも共通するものがあるのではないでしょうか。
「色のない絵がかいてあったりすると、私はすぐさま、ぬりつぶしたくなるのであった。」とありますが、授業中に教科書の中のイラストを塗りつぶしたという記憶をもっている方は多いのではないでしょうか。脳の学者に聞いてみたい気もしますが、それは本能のようなものではないかしら、と私は思っています。


田辺聖子さんが亡くなってしまったのは大変残念なことですが、私は田辺さんの古典作品が大好きでした。源氏物語を中心にほとんどすべての古典を読ませていただきました。それらの本は大事にとってあります。それらの古典に通じていらした田辺聖子さんが、子供の頃にはぬりえが大好きだったと知り、大変嬉しくなりました。
田辺聖子さんは、小説、エッセイなどの作品を数多く残されました。田辺さんの文学館は、母校である大阪樟蔭女子大学にあるそうです。文学館には、自筆原稿や作品、また田辺聖子さんの愛蔵品のビーズバッグ、万華鏡、フランス人形、愛用ドレス、宝塚歌劇パンフレット、田辺聖子さんお手作り箱各種や、受賞賞状、副賞である芥川賞正賞「オメガ時計」、日本文芸大賞の盾、紫綬褒章 賞状・勲章、その他写真多数などなど、所蔵されているそうです。これからも田辺さんの作品は多くの方々に読まれていくことでしょう。


きいちはぬりえを残しました。子どもから年配者まで、これからも楽しんでいただきたいと願っています。(館)

Posted: Nurie : 19年07月07日 | 美術館だより

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